昭和52年07月11日 朝の御理解



 御理解 第78節
 「神の機感にかのうた氏子が少ない。身代と人間と達者とがそろうて三代続いたら家柄人筋となって、これが神の機感にかのうたのじゃ。神の機感にかなわぬと、身代もあり力もあるが、まめにない。まめで賢うても身代をみたす(尽くす)ことがあり、また大切な者が死んで、身代を残して子孫をきらしてしまう。神のおかげを知らぬから、互い違いになってくる。信心して神の大恩を知れば、無事達者で子孫も続き身代もでき、一年まさり代まさりのおかげを受けることができるぞ。」

 昨日鹿児島の大口教会の安武先生からお礼の手紙がきまして、先日から鹿児島の青年教師がここで丁度、ここの神愛会に合流してそして一日研修さして貰い、それからあくる明くる日、丁度十二時半まで午後一時の御祈念前まで研修さして頂いた。その時の御礼状なんです。末永先生と大変信心の間が合うと言うか、信心の同じ学院でも同期でしたし、中々気骨のある信心をする先生です。
 最近奥さんを貰われて、まぁ教会を開けられる事も出来られる様になって、例えばこれは二、三日前西岡先生から聞かせて貰った話ですけれども、銀座の湯川先生が学院の講師でお見えになった頃、先生はもうお亡くなりになったけれど、前の修行生の中に「丁度学院の前に大きな松の木がある。その松の木が松食い虫のためにやられて枯死寸前であった。それを松の木の根元で何人かの修行生が毎日御祈念しよったが」と言うて話された。それが誰かと言うと、末永先生と安武先生じゃった。
 松の木の枯れるのを、自分達の祈念力でその松の木を助けたい。所がそのああいうものは枯れるからと言うので斬られた。大きな松ですから今も学院に掛かっとる大きな看板と、学院の応接間のテーブルがとられたそうですが、斬ってたまがられた事は全然中身が枯れていなかった。とにかく学院生の祈りっちゃ大したもんだ、と言う事を先生方がいわれたと言う事を聞きましてね、そういう信心をする人達でした。末永先生もそう言う様な。勿論、末永先生が主になって御祈念しよったと言う事です。
 昨日手紙が参りました中に、今度の一夜信心実習と言う研修と言う事になったが、勿論安武先生が発起で、他の青年教師を連れて見えたわけです。それはもう色々な好奇心もあったろう、又は合楽に対する反発なども持っておられたであろうと、初めの間はそんなものを他の先生方から感じる様な事でしたけれども、段々と時間が経つに連れて翌る日等は大変に何と言うか、まぁ有り難く研修を受けられて、それから一人一人の実際御取り次ぎに携って、難儀な問題の御取り次ぎを願われる様に変わっておられた。
 そういうおかげを頂いて一人一人が、また是非一遍連れて参ってくれとか、お参りしたいとか言う様に、大変この度の研修ではおかげを頂いたと言う事と同時に、私が本当一番おかげを頂いたのは、帰りましたら家内がすぐ申します事が、「先生あなたが合楽に行かれてからすぐ、御神前の左の電気が消えました。」御神燈ですね。「なら早う替えじゃこて」と言うて、替えて電気が付いたと同時に、ビリグイから末永先生の所から便りが来て。もう私はこの事に深い御神慮の有る事を思うて感動しました。
 と言う事が書かれてあった。私はまぁ安武先生と言えば、九州の名門である甘木の親先生のお孫さんにあたるんです。。ですから心の中には、安武松太郎が一杯なんです。お祖父さん。もう何を願ってもお爺さんにお願いをすると言う。ここにいろんな勿論魅力を感じてしげしげとやって見えましたが、折角ここで一つの何かお伺い事とか、又何か色々お尋ねする何か信心の上で。
 と言った様な断片的な事で見えとったんですけど、今度は初めて一晩泊りでしかも研修だけにしておる間に、言うなら末永先生が言っておった、いわゆる合楽理念と言う内容も分からせて頂いて、言うならば合楽と交流する事が少し出来るようになったら、もう自分の頂いておる御広前に合楽の信心がもう交流して現れておると言う事なんです。今日からは左の電気が、左と言う事はここの御結界が左だから、ではないけれども、左と言う事は右の御結界に対する左と言うとる。
 左の先生はもう合楽の事です。今日から合楽の電気が、光が灯くのだと言う。そこへその末永先生からの手紙が着いた。この事だけでも今度合楽におかげを頂いた、合楽の交流を感じて感動したと、こう言うのです。皆さんもご承知のように甘木の初代といや、それこそ天地の大恩をこれ程に深く広くわかられてそれを信心の上に表しなさった方はあるまいと思われる程の方。言うならば一切が神様の御ものだと言う事はそう言う所から出てきたんでしょうね。
 それこそ枯れ葉枯れ枝一枚でも神様の御ものばい、と仰ったんですからね。もう本当に余す所無しに天地の大恩を解られた。だからこそああいう御比礼を受けられた。それで子であり孫である。その本郷がそのお子さんですから、そのお子さんですから孫にあたられる訳ですから勿論心は安武松太郎で一杯である事は当然だけれども矢張り時代、時代に応じた信心と言うか今なら甘木が御物と言われるならば、現在の合楽では全ての事柄に御の字を付ける。御事柄として頂くと言う様な信心に進展して来た。
 しかもそれが合楽理念に克明に解決され説かれて来た、それが体得出来た時に初めて如何に神の大恩を理論の上に分かっても、天地の親神様の神のおかげを知らぬから互い違いになって来る、神の大恩を知れば無事達者で子孫も続き身代も出来、一年勝りのおかげを受ける事が出来る、神の大恩を聞いて知っておっただけでは、御爺様はああ言いござっただけでは分からんのです。この頃からも御理解に出て参ります様に最近の金光教は、信心はなくてもおかげはやってあると言うおかげを非常に克明に説く様になった。
 それはなら金光教だけではない仏教も説く様になった、キリスト教も天地の大恩、天地の大徳を説く様になった、もう一分一厘哲学的に又は科学的に、または物理的に天地の道理とかご恩徳説き明かす。けれども成程信心はせんでもおかげを受けてある事がああ成程そうだなあと一吸い一吸いの空気だって一掬いの水だって、やっぱり天地の御恩恵だなと分かるのだけれどもおかげには繋がらない、何故だろう天地と交流しないから分かっただけでは交流しない。
 金光大神のお取次のおかげに依って天地金乃神のおかげが受けられる様になったと言う、おかげが非常に受けにくくなってきた。そしておかげが表そこの所で、ならどうでも天地の御恩徳天地の大恩を分からせようとする言うなら信心は無くてもおかげを頂いておる。信者氏子と呼び掛けられるのはこれは金光様御信心を頂いとる者だけなんです。その信者氏子でなければ頂けない言うなら天地の親神様のおかげがね、受けにくうなってきた。何故受けられなくなってきたかと言うと。
 如何に天地の大恩を知っておってもです、神様と交流そして大恩ぢゃなからなければ、実感としてなら甘木の、先生が木の葉一枚枯れ枝一本でも神様の御ものとして、おし頂かれたと言う、その精神は分からない、安武せんせいが神の大恩は天地の大恩は、もうそれこそ十分に分かるだけは分かっとるけれども神様との交流が始められて、天地との交流が始まりそこから神様のおかげを、おかげと分かる所から本当な天地金乃神のおかげが受けられる様になったと言うおかげが受けられる様になると思うのです.
本当に神様との交流の手立てと言うものはね、もう実に微妙なのです。昨日は久留米関係の教会の【】ですかね、毎月松影会と言う会があって、昨日ここが当番になってました。一時半からの松影会が始まって始めてと言う程、いつも少ないらしいですね、昨日は四十名あったそうです今までの松影会では最高だったと言われます。勿論松影と言うのは石橋松次郎先生の松の字を取ってその影ですね、松影と言う、親先生の信心の流れを汲んでおる者の信心研修と言う意味で松影会と言う会が出来たわけです。
 けども私は本当に不思議に思ったけれども昨日もうあちらの皆さんが見える頃には、一時の御祈念の前には一杯でした。会場が共励殿でしたからあちらに行かれたが結局三十分間はだから一時半ですから待たなければならん、だからあちらの会員の人達も恐らくこの一時の御祈念に参加するだろうと思うておった。ところが誰一人参加するものがなかった、勿論信徒会長、ここの総代さんが入る会ですから、勿論総代さん方は一時の御祈念が終わらなければ始められません。
 また一時半からですから丁度良いわけです。けど他所の教会の方は一人もあの言わば熱気溢れる所の言うなら修業に参加しょうとする人が一人もなかった。これではね如何に石橋先生の信心が素晴らしい、なら合楽にもこうして伝わって来とるのですけど、それと交流する手立てはまずは頂けんなと私は思った。それに引っかえてたまたま甘木の事、久留米の事が話しに出る分けですけど。
 なら安武先生も初めの間は、安武松太郎が自分の心にしみ込んでしもうておったけれども、所々信心で疑問の解らなかった所を質問、お伺いしたり又末永先生との交友関係もありますから合楽に大変会楽全員と言うて見えておりましたけれども今度始めてここでまる一日研修させて貰うて、頂いておる内に会楽理念、合楽で言う所のリズムと言うか、言うなら合楽で感じられる所の神様との交流の場と言った様な事がです、帰った途端に家内から言われる左の電気が切れておった。
 そんなら電気を付けにゃと言うて付けた途端にブラジルから言うなら末永先生から手紙が来た。そう言ういうならば合楽との交流そのまま天地との交流です。そしてならお爺さんが残しておられる信心が頂け天地の大恩が本当に心から解り神様のおかげが心から実感として感じられる所に最後にある 子孫も続き神の大恩を知れば無時達者で子孫も続き身代も出来、一年勝り代勝りのおかげを受ける事が出来るとあるのです。合楽の人達は神様との微妙な交流を体得して行く事に非常に神経を使うとる。
 一昨日私しきりに此こを頂くから今、昨日一昨日もです昨日もですから九日の日に今村和子先生が正奉仕をしておりますから色々御理解のことやら教会の動きの事からそれから所感と言う所があるのです。そこに書いとるのを今読ませて頂いたのですけど、こんなことを書いとります。先日自分も自動車の運転が出来ますから久留米が里ですから確か冷蔵庫のお供えをと、御両親が申しましたそれを取りに言ったんのじゃないでしょうか。もう本当に自動車で参りますと赤青のシグナルが交通整理をしておるわけ。
 それで青の電気が付いてずうっと行く時にはとても気が良い。所が帰りにはその赤であれば良かが、いっときばかり待つ時間があればよいがと言う事があった。それは恐らく家に帰ってから何かお母さんから饅頭か何か貰って来とるわけです。それで自動車の中で食べて行こうと思ってから入れとったから青なら食べる暇がなか、それでその赤になったら待つ時間が何分かあるけんで、その時食べろと思ちからしとぅうたけんで、もう人間ちや得手勝手なもんだと、自分が物を食べたい時には赤の電気であれば良いと思うけどにくいとサッサと青にとうとう合楽に付くまで一口も食べられなかったとこう言う。
 そしてその神様との働きの微妙さに言うなら神様との交流とは、こう言うたわいのない冗談のような中にもこの様な神様とのお働きがあり交流と言うものはこう言うものであろうかと書いとりまし。私は素晴らしいと思いました、こう言う構え方ですね。合楽の方達はそう言うリズムた乗った修業、リズムに乗った行き方と言うものをしておりますから、自動車の中でムシャムシャ女の子がお菓子でも食べとるか。
 サア家に帰ってから外の研修生と一緒に食べたらどの位い良いか解らんばってん、頂いたから自動車の中で一つだん食べようと思うて、そしたら食べようとするとサッサと電気が青に変わっていくと言うわけです。とうとう食べる暇がなかったと言うのです。そう言う中に信心をとらえておる、そう言う中に一つの神様との交流を感じておる微妙な事です。しかもそういう自分でもくすくす自分でも笑いたい様な事柄の中にでも神様のそう言う働きがあるのだと書いとります。
 合楽の信心の一番私はそれこそ嬉しう、楽しう場合には愉快にと言う事は、こう言う一つのリズム感聞こえて来るからだと思うのです。そのリズムに乗った行き方と言う事はもう実にそのリズミカルなのです。今日は甘木久留米の信心をまあ聞いて貰うて、そしてなら神様との交流、どんなに天地の大恩がわかっても今の教団でとかれる天地の大恩とか、天地の御恩徳とかこう言う道理のもんだと言う道理だけを例えば御恩徳だけを神の大恩だけを説けば成程それは分かるんです。
 しかしそれならば仏教でも此頃説いておる、キリスト教でも説いておるのですね。綾部さんが先日御法時においでられた親戚の、そしたら御法事が終わった後に、お坊さんがもうそれこそ丁度合楽で聞く様な天地の大恩 天地の大徳をお坊さんが説かれた。もう先生この頃坊さんでも天地の大恩を説かれます、天地の大恩を坊さんから聞いたっちや、誰れも聞きながら病気が治ったり胸が痛いと言う話は聞いた事がない。
 けども甘木の親先生の言うなら天地の大恩を説かれ天地のお徳を説かれ、その大恩を聞き乍ら皆んなは病気が治ったんです。 それはどう言う事か、天地との本当の交流があって、自分も体験してそれこそ枯れ葉、枯れ枝一枚でも御物としておし頂く信心が出来ておられて始めて天地の大恩であり神様のおかげと言う事になるのです。それをです安武先生は知っておった事を今度合楽の信心によって交流する様なあり方になって来る時、本当の言うならば。
 大口教会に光が灯る様なおかげにもなって来るだろうと思います。惜しいかな久留米の場合、昨日丁度そう言う丁度時間もです、三十分間室で待つとかんならんのに誰一人としてなら、まあ合楽の神様は好かんと言うものがあったんではないだろうか、かも知れませんけど折角信心の研修に来たんだからね、あの熱気に触れただけで、いや今日はもう研修も有り難かったけれども。
 会楽の一時の御祈念に参らせて頂いたが有り難かったと御土産も持って帰れたかも知れん。信心をさして頂くものは、それこそ自動車の中で起きた一寸した笑ひ話の中にも神様の交流を感じさせて貰える手立ては何時もあるのに、疎かにしては惜しい事だと思うです、ね。神様との先ずは交流、そして神の大恩を知るであり、そして神様のおかげを知ると言う事で初めて、代勝りのおかげ一年勝り所謂 子孫繁昌、家繁昌、所謂無事達者でと言うおかげも約束されるのですね。
   どうぞ。